英賀庄・英賀(読み)あがのしよう・あが

日本歴史地名大系 「英賀庄・英賀」の解説

英賀庄・英賀
あがのしよう・あが

和名抄」にみえ餝磨しかま郡英賀郷を継承した中世の庄園・地名。夢前ゆめさき川下流左岸、現姫路市の飾磨区英賀しかまくあがを中心とした一帯に比定される。阿賀とも書く。寛和二年(九八六)花山法皇が書写山参詣の帰路に「英賀河尻」から船出しており(「播州円教寺記」円教寺蔵)、古代から瀬戸内海水運の湊であったとみられる。建久七年(一一九六)頃と推定される某書状案(高山寺聖教類紙背文書)に、勧学かんがく(藤原氏の教育施設である京都勧学院であろうか)領として「播磨国英(賀カ)庄」がみえる。なお「拾芥記」永正一七年(一五二〇)一二月一四日条に、播磨国のこととして「英賀勧学院分」について記されている。嘉元三年(一三〇五)四月頃とされる摂渡庄目録(九条家文書)によれば、英賀庄の田一五町一段一五代(所当は三〇余石)は御随身久重に与えられたが、久重がこれを辞退したため医師尚康朝臣が相伝しており、年貢を出すようにと命じられていた。後法興院雑事要録(陽明文庫蔵)に文明一一年(一四七九)当時の殿下渡領として庄名がみえ、為親朝臣の知行地であった。なお渡庄との関係は不詳だが、応永六年(一三九九)一二月二三日の大報恩寺領目録(大報恩寺文書)大報恩だいほうおん(現京都市上京区)領の当知行分として「英賀庄内念仏田五町」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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