荏田村(読み)えだむら

日本歴史地名大系 「荏田村」の解説

荏田村
えだむら

[現在地名]緑区荏田北(えだきた)一―三丁目・荏田西(えだにし)一―五丁目・荏田南(えだみなみ)一―三丁目・同五丁目・荏田東(えだひがし)三丁目・荏田町・市(いち)ヶ尾(お)町・大丸(おおまる)、港北(こうほく)区中川(なかがわ)町

北は石川(いしかわ)村、東は牛久保(うしくぼ)村・大棚(おおたな)村・茅崎(ちがさき)村(現港北区)、南は東方(ひがしがた)村・池辺(いこのべ)村・佐江戸(さえど)村、西は市ヶ尾村・大場(おおば)村と接する。大棚村境は早淵(はやぶち)川、他の村々とは丘陵続き。「風土記稿」は渋沢谷(しぶさわやと)・和泉(いずみ)谷・柚木(ゆのき)谷など「谷」のつく小字一二ヵ所を記す。北部を矢倉沢(やぐらさわ)往還が通り、馬継場となっていた。下宿(しもじゆく)・中宿・上宿に分れており、「風土記稿」は、「往還の左右へ軒をつらぬるものは二十四軒なり」と記している。

康永二年(一三四三)一二月一一日付の山内首藤通範・同通綱連署寄進状(県史三)に「武蔵国江田郷内堀内赤田之田畠」が、備後国津口(つくち)庄内賀茂(かも)郷(現広島県世羅郡世羅町)地頭方の乙丸名半分と交換に善法(ぜんぽう)寺(現同上)に寄進されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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