荒浜村(読み)あらはまむら

日本歴史地名大系 「荒浜村」の解説

荒浜村
あらはまむら

[現在地名]柏崎市荒浜一―四丁目・青山あおやま町・松波まつなみ一―四丁目

北陸道の柏崎宿から宮川みやがわ宿の間に孤立する砂浜の集落。西は日本海に面し、南西は鯖石さばいし川河口で柏崎町・悪田あくた村、少しさかのぼって春日かすが橋場はしば山本やまもとの各村と境し、南東長崎ながさき村、東は下高町しもたかまち村・刈羽村(現刈羽郡刈羽村)砂山で接し、北東は宮川村砂原で続く。四季を通じ、日本海の暴風飛砂により、荒砂原や鯖石川が堆積・流変を繰返し、しばしば境界争いの因となっている。「荒浜荒砂悪田の渡しがなきゃよかろ」と三階節に歌われ、現在も集落の周りを防砂の柵がめぐる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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