荘八幡神社(読み)しようはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「荘八幡神社」の解説

荘八幡神社
しようはちまんじんじや

[現在地名]小倉南区中貫本町

旧郷社。祭神は応神天皇・神功皇后、宗像三女神の多紀理毘売命・市寸島比売命・多岐都比売命。貞観元年(八五九)宇佐宮の分霊を山城国男山(おとこやま)(現京都府八幡市)に勧請のとき貫(ぬき)村の鈴石にも勧請したと伝える。元慶七年(八八三)貫領主石川朝臣直木が社殿を造営、自ら神主となり天下泰平・五穀豊穣を祈念、産土神として住民の尊崇を受けた。初め鈴石(すずいし)八幡宮、次いで正八幡神社と改め、さらに荘八幡神社と号したという。南北朝期に足利尊氏が祭田を寄進したとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む