荻尾村(読み)おぎようむら

日本歴史地名大系 「荻尾村」の解説

荻尾村
おぎようむら

[現在地名]哲多町荻尾

現哲多町の南東端に位置する山村。集落は荻尾のほか井原いばら井戸いと布寄ふよりにある。寛永備中国絵図では荻生村六三石余・松山藩領のほか糸布寄いとふより村五九石余・山崎家治先知、井原村五一石・山崎家治先知の三村で高付されている。正保郷帳では松山藩領荻尾村(六三石余)のみが記載され、松林小・雑木小・柴山中・芝草山少の注記がある。元禄六年(一六九三)水谷氏の断絶により収公され検地を受けた。同八年の旧松山領新高帳(羽場文書)によると古高二七一石余・新高三二九石余。同年の検地帳(萬歳支所文書)によると田方七一石余・五町余、畑方(屋敷を含む)二五七石余・三五町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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