菅原伏見西陵(読み)すがはらのふしみのにしりよう

日本歴史地名大系 「菅原伏見西陵」の解説

菅原伏見西陵
すがはらのふしみのにしりよう

[現在地名]奈良市宝来町小字古城

安康天皇陵。「日本書紀」安康天皇三年八月九日条に「天皇、眉輪王の為に殺せまつられたまひぬ。辞、具に大泊瀬天皇の紀に在り。三年の後、乃菅原伏見陵に葬りまつる」、「古事記」安康天皇段に「御陵は菅原の伏見の岡に在り」、「続日本紀」霊亀元年(七一五)四月九日条に「伏見山陵、穴穂天皇之陵也」、「延喜式」(諸陵寮)に「菅原伏見西陵石上穂宮御宇安康天皇、在大和国添下郡、兆域東西二町、南北三町、守戸三烟」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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