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菅沼曲翠 すがぬま きょくすい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

菅沼曲翠 すがぬま-きょくすい

1660-1717 江戸時代前期-中期の武士,俳人。
万治(まんじ)3年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)藩士。松尾芭蕉(ばしょう)の門人。元禄(げんろく)3年膳所をおとずれた芭蕉に幻住庵を提供。「ひさご」に芭蕉,浜田洒堂(しゃどう)との三吟をのこす。享保(きょうほう)2年不正をはたらいた家老を殺害して自刃(じじん)。58歳。子の内記も切腹,妻は出家し破鏡(はきょう)尼と号した。名は定常。通称は外記。別号に馬指堂。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

菅沼曲翠

没年:享保2(1717)
生年:生年不詳
江戸前期の俳人。初号は曲水。近江国(滋賀県)膳所藩士。貞享(1684~88)ごろ蕉門に帰し,元禄2(1689)年以来松尾芭蕉との関係が親密になり,同3年4月には伯父の別荘幻住庵を芭蕉の宿舎に提供している。芭蕉の信頼も厚く,現存する彼の手紙は曲翠宛のものが最も多く,そのなかに俳人のあるべき姿を説いた「風雅三等之文」として名高い一通がある。廉直の士であり,不正を働いた藩の奸臣を切り自刃して果てた。藩主に非がおよぶことを恐れて,私闘に見せかけて相手を殺害したため,その息子も切腹を命ぜられ菅沼家は断絶した。<参考文献>榎坂浩尚「菅沼曲翠」(明治書院『俳句講座』2巻)

(田中善信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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