出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…江戸前期の俳人。初号は珍碩(珍夕)。姓は浜田,また高宮。通称は治助。近江膳所(ぜぜ)の人。医を業とした。1689年(元禄2)冬に芭蕉入門か。翌年《俳諧七部集》の第4集《ひさご》を撰し,芭蕉にその才能を高くかわれた。92年9月に東下し,翌年1月末まで芭蕉庵に滞在,夏に大坂移住。大坂蕉門の之道(しどう)と不和を生じ,芭蕉の来坂を促した。芭蕉臨終の際に不義理があったとして同門の俳人から非難を受け,97年冬膳所に帰住したが,以後,俳壇的活躍は乏しい。…
※「浜田洒堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...