落村(読み)おちむら

日本歴史地名大系 「落村」の解説

落村
おちむら

[現在地名]浅井町大路(おち)

三田(みた)村の北西に位置。南西端で草野(くさの)川が姉(あね)川に合流する。大路村とも記した。中世は湯次(ゆすき)庄に属しており、建武三年(一三三六)九月五日の光厳上皇院宣案(下郷共済会蔵)に「湯次上庄内大路村郷」とみえる。永正一六年(一五一九)五月には三田村勝元が地内五段大の土地を三田村又次郎に米四四石八斗余で売渡している(黒田文書)。また享禄元年(一五二八)一二月吉日の大聖寺仏田帳(東浅井郡志)によれば、かつて大門(だいもん)村にあった同寺の仏田「一反 一石二斗」が当地「若森」にあった。


落村
おちむら

[現在地名]岐阜市茂地(もち)

門屋(かどや)村の南東、武儀(むぎ)川右岸に立地する。安政三年(一八五六)村名を茂地村と改称した(「許状」山県郡志)。慶長五年(一六〇〇)の富田伊豆守村高沙汰書(国立史料館蔵)に「おち村」一三二石余とあり、関ヶ原合戦後は幕府領であったことが知られる。慶長郷帳にも「おち村」とあり、高一七六石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では堀直寄(越後長岡藩)領。正保郷帳では幕府領で、田一三三石余・畑四二石余・紙桑木高五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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