薬師寺城跡(読み)やくしじじようあと

日本歴史地名大系 「薬師寺城跡」の解説

薬師寺城跡
やくしじじようあと

[現在地名]南河内町薬師寺

下野薬師寺跡西方の台地上、現在の自治医科大学東側に位置する城跡。北側の山林中に約一〇〇メートルに及ぶ堀とその内側土塁の一部、東側と西側に堀と土塁の一部が残存する。寛喜年間(一二二九―三二)に小山朝政の曾孫政村(朝村)築城、政村は薬師寺姓を称し(尊卑分脈)、代々子孫居城とした。薬師寺氏の基盤は薬師寺庄で、明徳二年(一三九一)九月八日同庄の半分が鎌倉別願べつがん(現神奈川県鎌倉市)に寄進されたが(「関東公方足利氏満寄進状」別願寺文書)、直接支配にあたったのは同氏と思われ、その庄園支配を通して勢力を伸張していったのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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