藍沢原(読み)あいざわはら

日本歴史地名大系 「藍沢原」の解説

藍沢原
あいざわはら

富士山と箱根(はこね)・足柄(あしがら)山系に挟まれた現御殿場市・小山(おやま)町の高原地域をさす中世の呼称。「駿河記」には「元間沢に作る。富士と足柄の間にあるを以て間沢と云」とある。藍沢は愛沢・合沢・遇沢などとも書く。「吾妻鏡」の文治元年(一一八五)二月一六日条に「今日、武衛歴覧山沢之間、於藍沢原、付参州廻李、重被遣書」とみえ、源頼朝は当地で弟範頼に手紙を送っている。建久四年(一一九三)頼朝は三月・四月に下野那須(なす)野・信濃三原(みはら)野において、翌五月には当地や富士野で狩を行っている。前年征夷大将軍となった頼朝の示威だけではなく、関東の入口・関門にあたる地における軍事演習だった意図がうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む