…藤原秀郷の後裔朝光が1210年(承元4)伊賀守となってから彼の子孫が伊賀氏を称した。源頼朝の政所別当源邦業を外祖父とする朝光は文治初年より頼朝の側近に登場,鎌倉幕府の枢機に参画した。1219年(承久1)その子伊賀光季は京都守護に,伊賀光宗は政所執事に就任。しかし21年光季は後鳥羽上皇軍の襲撃を受け戦死。24年(元仁1)光宗は妹(北条義時後室)と謀り,一条実雅を将軍に,北条政村を執権に擁立しようとしたが失敗,一族配流の処罰を受けた。…
※「藤原朝光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...