コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

天暦 テンリャク

デジタル大辞泉の解説

てんりゃく【天暦】

平安中期、村上天皇の時の年号。947年4月22日~957年10月27日。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

てんれき【天暦 Tiān lì】

中国で1852年から14年間,洪秀全太平天国の管轄地区で施行された暦法。1年を366日,1月を30日と31日とし,閏月を廃止して,朔望に関係なく各月のはじめに節気を,月のなかばに中気を置いた。干支紀年法によったが西暦と同じ曜日の配列を採用した。59年洪仁玕が太平新暦を作り,40年ごとに1月が28日よりなる幹年を置き,1年が平均365.25日となるように調整した。【橋本 敬造】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

てんりゃく【天暦】

年号(947.4.22~957.10.27)。天慶てんぎようの後、天徳の前。村上天皇の代。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本の元号がわかる事典の解説

てんりゃく【天暦】

日本の元号(年号)。平安時代の947年から957年まで、村上(むらかみ)天皇の代の元号。前元号は天慶(てんきょう)。次元号は天徳(てんとく)。947年(天慶10)4月22日改元。村上天皇の即位にともない行われた(代始改元)。『論語(ろんご)』を出典とする命名。946年(天慶9)、朱雀(すざく)天皇の譲位をを受け、同母弟の村上天皇が即位した。引き続き、藤原忠平(ただひら)が関白太政大臣にとどまったが、村上天皇は摂政はおかず、親政を行った。しかし、一方で翌947年(天暦1)には忠平長男の藤原実頼(さねより)が左大臣、同次男の藤原師輔(もろすけ)が右大臣に就任し、藤原北家が太政官を独占して影響力を強めた。

出典|講談社日本の元号がわかる事典について | 情報

天暦の関連キーワード理子内親王(1)日本三代実録村上天皇御記延喜天暦の治野沢[温泉]定助(1)日延(1)藤原こう子誨子内親王成子内親王大阪天満宮康子内親王佐太天神宮承子内親王楽子内親王昌平親王白鬚神社藤原元方藤原忠平藤原実頼

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

天暦の関連情報