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藤原道隆 ふじわらのみちたか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原道隆
ふじわらのみちたか

[生]天暦7(953).京都
[没]長徳1(995).4.10. 京都
平安時代中期の廷臣別称,中関白兼家の長男。母は藤原中正の娘時姫。一条天皇の皇后定子の父。永延3 (989) 年内大臣,翌正暦1 (990) 年父に代って関白,次いで摂政,また氏長者となった。同2年内大臣の地位を弟道兼に譲り,同4年摂政を辞して関白となった。長徳1 (995) 年病にかかって政務を嫡子伊周 (これちか) に委任し,関白職の後継者とする意思を示した。同年関白を辞し,氏長者の地位を道兼に譲った。関白の地位は道隆の死後,遺志に反して道兼に移り,中関白家は衰えていった。

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デジタル大辞泉の解説

ふじわら‐の‐みちたか〔ふぢはら‐〕【藤原道隆】

[953~995]平安中期の公卿兼家の長男。父の死後、弟道兼を退けて、摂政関白となった。娘定子一条天皇の皇后。中関白(なかのかんぱく)。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原道隆 ふじわらの-みちたか

953-995 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
天暦(てんりゃく)7年生まれ。藤原兼家の長男。母は藤原中正の娘時姫。同母弟に道兼,道長。急速に昇進し,永延3年(989)内大臣となる。翌年父から関白をつぎ,摂政,ふたたび関白にもどる。正二位。子の伊周(これちか)に関白をゆずろうとしたが,勅許がなかった。中(なかの)関白とよばれる。長徳元年4月10日死去。43歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原道隆

没年:長徳1.4.10(995.5.12)
生年:天暦7(953)
平安中期の公卿。中関白,町尻殿と称される。摂関兼家と藤原中正の娘時姫の嫡男寛和2(986)年権力を掌握した父の策により,非参議から権中納言を10日余り経験しただけで権大納言という異例の昇進をした。正暦1(990)年,父から関白を譲られて氏長者となり,この年に一条天皇に入内した娘の定子が中宮に冊立された。その後,次女の原子も東宮の居貞親王(のちの三条天皇)に入っている。しかし中関白家の春も長くは続かなかった。病を得た道隆は嫡男の伊周を内覧として,関白を譲ろうと図ったが実現できず,道隆の早死にが中関白家の失墜につながった。死因は深酒による糖尿病といわれる。上品で優美な容貌をしており気だてもよく,父の手になる法興院の一郭に積善寺を創建した。『枕草子』に彼の人となりや華やぐ中関白家の様子が活写されている。

(朧谷寿)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのみちたか【藤原道隆】

953‐995(天暦7‐長徳1)
平安中期の公卿。摂政兼家の長男。母は摂津守藤原中正の女時姫。父兼家の雌伏時代は官位の昇進も滞りがちであったが,984年(永観2)兼家の外孫の皇子が皇太子に立つに及び,ようやく従三位に昇り,春宮権大夫に任ぜられた。さらに兼家が摂政となるや,1ヵ月のうちに非参議から権中納言を経て権大納言に進み,世人を驚かせた。990年(正暦1)父の没後をうけて摂政となり,ついで女の定子を一条天皇の皇后に立て,さらに摂政を辞して関白となり,いわゆる〈中関白家〉の全盛を謳歌した。

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大辞林 第三版の解説

ふじわらのみちたか【藤原道隆】

953~995) 平安中期の廷臣。兼家の子。道長の兄。別称、中関白。内大臣を経て、摂政・関白となる。死を前にして子伊周これちかに地位を譲ろうとして果たせず、道長に権勢を奪われた。娘定子は一条天皇皇后。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤原道隆
ふじわらのみちたか
(953―995)

平安中期の公卿(くぎょう)。摂政関白(せっしょうかんぱく)。中(なかの)関白ともいう。摂政兼家(かねいえ)の長男で母は藤原中正(なかまさ)の女時姫(むすめときひめ)。990年(正暦1)父の死に伴い内大臣のままで一条(いちじょう)天皇の関白、ついで摂政となった。翌年には内大臣をやめ、993年には摂政を辞して関白となった。しかし2年後の995年(長徳1)に病を得て出家し、その年の4月10日に薨(こう)じた。『大鏡』によると彼は大酒飲みであったという。死を控えて長男の伊周(これちか)を関白にしようとしたが実現しなかった。女の定子(ていし)を一条天皇の中宮としながら、彼の死によって中関白家は道長流に栄華を奪われてしまった。[朧谷 寿]

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