藤原綱手(読み)ふじわらの つなて

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤原綱手」の解説

藤原綱手 ふじわらの-つなて

?-740 奈良時代官吏
式家藤原宇合(うまかい)の4男。霊亀(れいき)2-養老6年(716-722)の生まれ。無位内舎人(うどねり)という。長兄藤原広嗣(ひろつぐ)の乱にくわわって北九州で挙兵したが,大野東人(あずまひと)に鎮圧され,肥前松浦(まつら)郡(長崎県)で捕らえられ,天平(てんぴょう)12年11月1日殺された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の藤原綱手の言及

【藤原広嗣の乱】より

…彼は740年8月下旬に玄昉と吉備真備を除くことを要求する上表文を提出し,中央政府の返事を待たずに8月末ごろ挙兵にふみ切った。広嗣は軍を三つにわけ(指揮官は広嗣,藤原綱手,多胡古麻呂),豊前国の登美,板櫃,京都(みやこ)の三鎮をめざした。広嗣の軍は,途中筑前国の遠珂(おか)郡家に前進基地をおき,筑前国内の兵を徴発しながら進むところを間諜に目撃されている。…

※「藤原綱手」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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