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内舎人 うどねり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

内舎人
うどねり

令制で中務 (なかつかさ) 省に属する官。武装して宮中に宿直し,天皇の雑役や警衛にあたった。定員は 90人で,五位以上の子弟から選ばれたが,平安時代には低い家柄からも出るようになった。のち摂政関白の随身となり,本来の機能は失われた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

内舎人

宮内庁職員のうち、天皇のそばに控え、身支度を整えるなど私的な世話や雑用を担当し、日常生活を支える。地方訪問にも随行。古くからの呼び名が今でも使われている。

(2014-10-13 朝日新聞 朝刊 1社会)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

うち‐とねり【内舎人】

うどねり」に同じ。

う‐どねり【内舎人】

《「うちとねり」の音変化》
律令制で、中務(なかつかさ)省に属する文官。宮中の宿直や雑役に従い、行幸の警護にあたった。五位以上の子弟から召したが、のちには諸家の侍、特に源氏・平氏の中から選ばれた。
明治官制で、主殿寮東宮職の最下級の職員。殿中の雑務に従事した判任官

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世界大百科事典 第2版の解説

うどねり【内舎人】

天皇に近侍する官。〈うちとねり〉の略(内は大舎人の大に対する語で,より近く天皇に侍す意)。《日本書紀》にみえる近習(侍)舎人はその前身。701年(大宝1)に初めて90人を任用。養老令では,五位以上の人の子孫(21歳以上)の聡敏端正者から90人を選び中務省に属させた。帯刀して宮中に宿衛し,雑使を務め,行幸の前後を分衛するが,文官に属す。有力者の子弟・子孫や白丁(無位無官者)はまず舎人を務める段階を踏み,その後官人や郡司となりえたが,中でも蔭子孫(おんしそん)は内舎人,大舎人,二宮(東宮・中宮)舎人のいずれかを務めたあと主典を経ず判官に進み,とくに内舎人は長上(常勤)待遇で考限(撰任に必要な年限)が短く昇進に有利で,藤原武智麻呂など上級貴族の子弟がこのコースをとった。

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大辞林 第三版の解説

うちとねり【内舎人】

うどねり【内舎人】

〔「うちとねり」の転〕
律令制で、中務省の文官。帯刀し、宮中の宿直、天皇身辺の警護・雑事にあたる。四位以下五位以上の者の子弟が選ばれたが、平安時代には低い家柄の者も任ぜられた。
明治の官制で、東宮職・主殿寮とのもりようの職員。殿中の雑務にあたった判任官。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

内舎人
うどねり

天皇近侍の官。内は禁内(きんだい)をさし、大舎人(おおとねり)に対する称。「うちとねり」の略で、「とねり」は刀禰(とね)入りの意とか、殿侍(とのはべ)りの転とする説などがある。『漢書(かんじょ)』高帝紀の師古の注に、舎人は左右近侍の官と記すのに由来するといわれ、『日本書紀』に記す近習(きんじゅ)(侍)舎人は内舎人の前身。701年(大宝1)90人を任じ、「養老(ようろう)軍防令」では五位以上者の子孫(21歳以上)の聡敏(そうびん)者から採用。中務(なかつかさ)省に属し、帯刀して禁中宿衛、行幸警衛を任としたが、武官でなく文官。大臣らの子を任ずることが多い(例、大伴家持(おおとものやかもち))。807年(大同2)(みかどのつかさ)にかわり奏事をつかさどり、翌年雑物出納(すいとう)に関与したが、811年(弘仁2)司が行う制に復した。定員は808年40人に減じ、のちも増減。延喜(えんぎ)(901~923)以後、良家の子の任用が絶え、諸家の侍(さむらい)を任じて卑官化し、摂関の随身(ずいじん)として賜り、武士も任ぜられ、出身により源内、平内などと称した。[井上 薫]

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世界大百科事典内の内舎人の言及

【内舎人】より

…帯刀して宮中に宿衛し,雑使を務め,行幸の前後を分衛するが,文官に属す。有力者の子弟・子孫や白丁(無位無官者)はまず舎人を務める段階を踏み,その後官人や郡司となりえたが,中でも蔭子孫(おんしそん)は内舎人,大舎人,二宮(東宮・中宮)舎人のいずれかを務めたあと主典を経ず判官に進み,とくに内舎人は長上(常勤)待遇で考限(撰任に必要な年限)が短く昇進に有利で,藤原武智麻呂など上級貴族の子弟がこのコースをとった。807年(大同2)内舎人の定員は40人に減少された。…

【舎人】より

…これは,天皇に近侍し,宿直や遣使をつとめる間に天皇に忠節をつくす習慣を養わせ,このように養成された大舎人を他の官司の官人に任じ,天皇による支配を官司に浸透させるしくみであったことを物語る。大宝令では大舎人の中から内舎人(うどねり)が分化した。令制の官司で定員の最も多いのは左右大舎人の各800人で,つぎは春宮坊舎人(東宮舎人,坊舎人)の600人,中宮職舎人の400人(中宮職は749年(天平勝宝1)に中宮省となる)である。…

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