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藤原資経 ふじわらの すけつね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原資経 ふじわらの-すけつね

1180-1251 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
治承(じしょう)4年生まれ。藤原定経(さだつね)の長男。母は平親範の娘。信濃守(しなののかみ),三河守を歴任し,正治(しょうじ)元年父の出家で祖父経房(つねふさ)の養子となり家督をつぐ。蔵人頭(くろうどのとう)をへて,貞応(じょうおう)元年(1222)参議,左大弁となる。正三位。「平家物語」の作者として名がつたえられるひとり。建長3年7月15日死去。72歳。法名は乗願。号は吉田大武。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原資経

没年:建長3.7.15(1251.8.3)
生年:治承4(1180)
鎌倉前期の公卿。定経の子,母は平親範の娘。正治1(1199)年父の出家にともない,祖父権大納言経房の養子となり家督を継ぐ。三事兼帯,蔵人頭を経て,貞応1(1222)年参議・左大弁,元仁1(1224)年大宰大弐。嘉録1(1225)年権中納言への昇進を人に先んじられ,子の為経を右少弁に任じ申して参議を辞す。安貞2(1228)年正三位に叙され,翌年大弐を罷免される。文暦1(1234)年出家,法名乗願。延応2(1240)年には父の遺領を異母弟経賢と争う。吉田大弐と号される。日記『自暦記』。『平家物語』の作者のひとりとする所伝があり,その蓋然性がいわれている。<参考文献>武久堅『平家物語成立過程考』

(今村みゑ子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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