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藤原陳忠 ふじわらののぶただ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原陳忠
ふじわらののぶただ

平安時代,大納言元方の子。正五位下。信濃守の任を終えての帰途谷に落ちたが,引上げられたとき,谷底に生えていた平葺を持てるかぎりかかえており,家来たちに「『受領は倒るるところに土をつかめ』というものを」と言ったという。この『今昔物語集』中の説話は,受領の貪欲さを表わすものとして著名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原陳忠 ふじわらの-のぶただ

?-? 平安時代中期の官吏。
藤原元方の子。信濃守(しなののかみ)の任期をおえて都へもどるとき,東山道の神坂(みさか)峠で馬ごと谷に転落。従者が籠(かご)をおろすと,はじめは籠一杯のヒラタケをひきあげさせ,2度めにヒラタケを片手にもってあがってきたという(「今昔物語集」)。国司の強欲をしめす説話として有名。
【格言など】受領は倒るる所に土をつかめ(「今昔物語集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原陳忠

生年:生没年不詳
平安中期の受領。藤原元方と参議橘良殖の娘の子とも。正五位下。天元5(982)年3月,信濃守に在任しているから(『小右記』),このころのことであろう,『今昔物語集』に,任期を終えての帰路,谷底に落ちたが,あたりに密生している平茸を持てるだけ持って上ったので,郎等たちがあきれたという話を収める。「受領ハ倒ルル所ニ土ヲツカメトコソ」(受領は倒れてもただでは起きない)とは,陳忠のエピソードを紹介した編者の評言で,受領の貪欲さが示されている。舞台となった神坂峠(標高1595m)は岐阜,長野の県境にあり,長野県側に神坂神社がある。

(村井康彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

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