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藤堂高通 とうどう たかみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤堂高通 とうどう-たかみち

1644-1697 江戸時代前期の大名。
寛永21年11月7日生まれ。藤堂高次(たかつぐ)の子。伊勢(いせ)(三重県)久居(ひさい)藩主藤堂家初代。寛文9年兄の津藩主藤堂高久より5万石を分与されて立藩。俳諧(はいかい)を北村季吟(きぎん)にまなび,また和歌にもすぐれた。元禄(げんろく)10年8月9日死去。54歳。号は任口(にんこう)。編著に「百番発句合」,歌集に「袖中和歌集」。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

藤堂高通

没年:元禄10.8.9(1697.9.23)
生年:正保1(1644)
江戸前期の大名。伊勢国(三重県)久居藩の初代藩主。父は津藩主藤堂高次,母は多羅尾光誠の娘。伊勢国津生まれ。通称学助。佐渡守。寛文3(1663)年,部屋住知行として1万石余を与えられる。9年兄高久より伊勢6郡,大和4郡,山城1郡の内,5万石を分封された。翌年,一志郡野辺村に居所を定めて久居と称し,城下町を建設した。久居藩は津藩の支藩で,本藩の家系が断絶しないように設立された藩であったから,藩制も本藩の制度を踏襲した。高通は文人として知られ,和歌を嗜み,俳人北村季吟とも親交があり,俳号は任口。任口編・季吟判『百番俳諧発句合』(1679)がある。久居で死去。

(長谷川成一)

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367日誕生日大事典の解説

藤堂高通 (とうどうたかみち)

生年月日:1644年11月7日
江戸時代前期の大名
1697年没

出典|日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について | 情報

世界大百科事典内の藤堂高通の言及

【久居[市]】より

…木造には伊勢国司北畠氏から分家した木造氏が南北朝期から居城したと伝え,木造氏は戦国期には織田信長・信雄に仕え,戸木(へき)城に拠って蒲生氏郷と戦っている。久居の市街地区の発展は,1669年(寛文9)藤堂高通が津藩より分封されて野辺(のんべ)の高台に居館を築き,町場が形成されたことに始まる。1908年歩兵第51連隊,第30旅団司令部が設けられ,第2次大戦後は陸上自衛隊久居駐屯地として引きつがれている。…

※「藤堂高通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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