藤崎城跡(読み)ふじさきじようあと

日本歴史地名大系 「藤崎城跡」の解説

藤崎城跡
ふじさきじようあと

[現在地名]藤崎町藤崎

ひら川右岸に接し、平野の小隆起地を利した平城。南北約七三〇メートル・東西二〇〇メートル(津軽諸城の研究)

永保二年(一〇八二)安東氏の祖である安倍貞任の子高星丸がのがれてきて館を築いたとも(藤崎城誌)、城内鎮守に八幡宮を祀ったとも伝える(「神社微細社司由緒調書上帳」最勝院蔵)。また次の尭恒が寛治年間(一〇八七―九四)藤崎城を築いたともいわれる(藤崎系図、藤崎城誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む