藤崎城跡(読み)ふじさきじようあと

日本歴史地名大系 「藤崎城跡」の解説

藤崎城跡
ふじさきじようあと

[現在地名]藤崎町藤崎

ひら川右岸に接し、平野の小隆起地を利した平城。南北約七三〇メートル・東西二〇〇メートル(津軽諸城の研究)

永保二年(一〇八二)安東氏の祖である安倍貞任の子高星丸がのがれてきて館を築いたとも(藤崎城誌)、城内鎮守に八幡宮を祀ったとも伝える(「神社微細社司由緒調書上帳」最勝院蔵)。また次の尭恒が寛治年間(一〇八七―九四)藤崎城を築いたともいわれる(藤崎系図、藤崎城誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む