藤沢 友吉
フジサワ トモキチ
昭和期の実業家 元・藤沢薬品工業社長。
- 生年
- 明治28(1895)年7月28日
- 没年
- 昭和47(1972)年9月18日
- 出生地
- 大阪
- 旧姓(旧名)
- 中田
- 別名
- 前名=友之助
- 学歴〔年〕
- 北野中学校〔大正2年〕卒
- 経歴
- 藤沢家の養子となり友吉を襲名。大正2年藤沢商店ニューヨーク出張所駐在、昭和5年株式会社改組とともに取締役、7年社長。18年藤沢薬品工業株式会社と改称。戦後スイスのガイギー社からイルガピリンを導入、30年以後チオクタン、ノイビタなど大衆保健薬分野を開拓、発売した。42年会長。他に日本樟脳取締役、医薬資源研究所理事長、関西経済連合会、日本製薬団体連合会各理事、日本薬剤師会相談役なども務めた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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藤沢友吉(初代) ふじさわ-ともきち
1866-1932 明治-昭和時代前期の実業家。
慶応2年3月生まれ。大阪の薬品問屋の店員となる。明治27年藤沢商店(現藤沢薬品工業)をひらき,31年樟脳(しょうのう)精製所を設立し,藤沢樟脳を発売。のち医薬品製造に進出し回虫駆除薬マクニンを発売した。昭和7年4月17日死去。67歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。旧姓は福守。
藤沢友吉(2代) ふじさわ-ともきち
1895-1972 昭和時代の実業家。
明治28年7月28日生まれ。初代藤沢友吉の養子。昭和5年藤沢商店(現藤沢薬品工業)を株式会社に改組し取締役となり,7年社長。30年以降は大衆保健薬も発売した。昭和47年9月18日死去。77歳。大阪出身。北野中学卒。旧姓は中田。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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藤沢 友吉(2代目) (ふじさわ ともきち)
生年月日:1895年7月28日
昭和時代の実業家。藤沢薬品工業社長
1972年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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