藤田一暁(読み)フジタ カズアキ

20世紀日本人名事典 「藤田一暁」の解説

藤田 一暁
フジタ カズアキ

昭和期の実業家 フジタ社長・会長。



生年
大正9(1920)年4月1日

没年
平成3(1991)年5月16日

出生地
広島県広島市

学歴〔年〕
日本大学工学部建築学科〔昭和18年〕卒

主な受賞名〔年〕
藍綬褒章〔昭和52年〕

経歴
昭和18年父・定市が創業した藤田組に入り、24年監査、26年取締役、32年副社長を経て、37年社長に就任。46年フジタ工業と改称。平成2年6月会長兼任。同年12月フジタに社名変更。一方、38年日本青年社長会・YPOを設立、のちYPOを卒業したNPO(日本社長会)の会長を務める。平成3年鳥取女子短大理事長に就任。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「藤田一暁」の解説

藤田一暁 ふじた-かずあき

1920-1991 昭和時代の経営者。
大正9年4月1日生まれ。父藤田定市が創業した藤田組(現フジタ)にはいり,昭和37年社長。38年リコーの市村清の協力で日本青年社長会(YPO)をつくり,39年会長となる。また若者の着想をもとめて「学生重役会」を導入した。平成3年5月16日死去。71歳。広島県出身。日大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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