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藤野喜兵衛 ふじの きへえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤野喜兵衛 ふじの-きへえ

1770-1828 江戸時代後期の商人。
明和7年生まれ。12歳で蝦夷地(えぞち)松前にわたり,寛政12年(1800)独立して海運業をいとなむ。文化3年の余市を手始めに,宗谷・斜里・国後(くなしり)に場所請負を拡大し,松前有数の豪商となる。松前藩御用達(ごようたし)をつとめ,6代藤野四郎兵衛をついだ。文政11年9月3日死去。59歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。屋号は柏屋。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤野喜兵衛

没年:文政11.9.3(1828.10.11)
生年:生年不詳
江戸後期,松前藩の城下町松前(北海道松前町)の有力場所請負商人。近江国(滋賀県)愛智郡下枝村の百姓藤野四郎兵衛(5代)の弟(子とも)。天明1(1781)年松前に渡り,親族万屋増蔵の店(太物・小間物商)に勤め,寛政12(1800)年独立して松前に店を構えた。屋号を柏屋,店印を〓と称し,海運業に従事,文化3(1806)年西蝦夷地の上・下余市場所を請け負ったのを契機に漁業経営に力を注いだ。特に東西蝦夷地幕領期に西蝦夷地宗谷・斜里場所,東蝦夷地国後場所を請け負って急成長をとげた。文政4(1821)年の松前氏復領後は,幕領期の請負場所を継続,文政6(1823)年新たに利尻・レブンシリ場所を請け負い,漁場経営を本格化した。この間手船長者丸が松前藩の御召船,藤野家預りとなり,また藩の御用達になって藩権力との結合を次第に強め,伊達林右衛門,栖原六郎兵衛と並ぶ有力場所請負人としての基礎を築いた。<参考文献>『松前町史 通説編』1巻

(榎森進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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