虎哉宗乙(読み)こさい そうおつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「虎哉宗乙」の解説

虎哉宗乙 こさい-そうおつ

1530-1611 戦国-江戸時代前期の僧。
享禄(きょうろく)3年生まれ。臨済(りんざい)宗。岐秀元伯(ぎしゅう-げんぱく)の法をつぐ。出羽(でわ)米沢城(山形県)城主伊達輝宗(てるむね)に嫡子政宗の師としてまねかれ,資福寺住持となる。のち仙台覚範寺開山(かいさん),京都妙心寺住持となった。慶長16年5月8日死去。82歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。俗姓福地諡号(しごう)は仏海慈雲禅師。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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