蜷川親胤(読み)にながわ ちかたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蜷川親胤」の解説

蜷川親胤 にながわ-ちかたね

1835-1882 明治時代の官吏,古美術鑑定家。
天保(てんぽう)6年生まれ。文部省,内務省に勤務,東京および京都の帝室博物館の創設につくした。明治10年退職。その後も古今書画什器を収集,鑑定し,美術雑誌「国華」の監修にもくわわった。明治15年死去。48歳。山城(京都府)出身。通称は与三郎。著作に「観古図説」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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