20世紀日本人名事典 「蜻蛉館姫丸」の解説 蜻蛉館 姫丸(3代目)セイレイカン ヒメマル 明治・大正期の狂歌師 生年安政5年(1858年) 没年大正5(1916)年12月19日 出生地阿波国(徳島県) 本名姫田 音助 経歴大阪鰹座に住み狂歌師として名声を得る。初号を秋津庵扶桑、のち3代目蜻蛉館姫丸を名乗る。都鳥社中の判者を務めた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蜻蛉館姫丸」の解説 蜻蛉館姫丸(3代) せいれいかん-ひめまる 1858-1916 明治-大正時代の狂歌師。安政5年生まれ。大阪鰹座にすみ,都鳥社中の判者をつとめた。大正5年12月19日死去。59歳。阿波(あわ)(徳島県)出身。本名は姫田音助。初号は秋津庵扶桑(ふそう)。 蜻蛉館姫丸(2代) せいれいかん-ひめまる ?-? 江戸時代後期の狂歌師。大坂糸屋町にすむ。文化(1804-18)ごろの人。姓は杉田。通称は長兵衛。初号は優々館。別号に花丸。 蜻蛉館姫丸(初代) せいれいかん-ひめまる ?-1818 江戸時代後期の狂歌師。大坂本町橋にすむ。子に秋津館豊丸がいる。文政元年死去。通称は明石屋善兵衛。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by