蠣崎富三郎(読み)カキザキ トミサブロウ

20世紀日本人名事典 「蠣崎富三郎」の解説

蠣崎 富三郎
カキザキ トミサブロウ

明治・大正期の陸軍中将



生年
文久1年3月9日(1861年)

没年
大正13(1924)年8月30日

学歴〔年〕
陸軍大学校〔明治24年〕卒

経歴
松前藩士の家に生まれる。フランスに留学。帰国後は陸軍大学校教官陸軍戸山学校教官などを務める傍ら、ドイツ・フランスからの輸入に過ぎず、顧慮されることもなかった日本陸軍の兵站に関する研究を36年頃からはじめ、兵站勤務令などの改正に尽くした。日露戦争では第1軍兵站監部参謀長として後方輸送業務を担当。のち第10師団参謀長などを歴任して、大正3年第11師団長に就任、同年中将に昇進し、6年に待命となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

朝日日本歴史人物事典 「蠣崎富三郎」の解説

蠣崎富三郎

没年:大正13.8.30(1924)
生年:文久1.3.9(1861.4.18)
明治大正期の陸軍軍人。松前藩(北海道)藩士の3男。明治24(1891)年陸軍大学校卒業後,フランスに留学。帰国後,陸大教官,陸軍戸山学校教官を歴任。兵站は,戦術家の顧慮に値しないとされるなか,日露開戦直前の36年夏ごろから,いわば独仏軍の兵站の翻訳にすぎない日本陸軍兵站を研究し,兵站勤務令などの改正に尽力。日露戦争では第1軍兵站監部参謀長を務めた。しかし,後方輸送業務は計画通りにはゆかなかった。大正3(1914)年中将に進む。<参考文献>大江志乃夫『日露戦争の軍事史的研究』,谷寿夫『機密日露戦史』,参謀本部編『明治三十七,八年秘密日露戦史』

(山村義照)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蠣崎富三郎」の解説

蠣崎富三郎 かきざき-とみさぶろう

1861-1924 明治-大正時代の軍人。
文久元年3月9日生まれ。フランス留学後,陸軍大学校,陸軍戸山学校の教官を歴任。補給など兵站(へいたん)を研究し,日露戦争では第一軍兵站監部参謀長をつとめる。のち第十師団参謀長などをへて第十一師団長となった。大正3年中将。大正13年8月30日死去。64歳。陸軍大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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