西三浦(読み)にしみうら

日本歴史地名大系 「西三浦」の解説

西三浦
にしみうら

[現在地名]宇和島市三浦西みうらにし

宇和海に突出する三浦半島の基部にあり、三浦湾に面する村。東は東三浦、西は下波したば浦に接する。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「西三浦 柴山有、茅山有」とある。早鷹はやたか天神社(現天満神社)の天文一八年(一五四九)九月二九日の再興棟札(「宇和旧記」所載)に「来村郷三浦」とあり、中世にはてんもり城主津島(越智)通繁の所領であって、三浦と称されていたことがわかる。江戸時代初期に東三浦・西三浦に分割され、西三浦の庄屋が東三浦の庄屋役を兼任したので、両者をあわせて両三浦とも称した。

太閤検地石高は三〇六石、耕地面積の比率は田六三パーセント、畑三七パーセントであったが、寛文検地では石高が二一パーセント減少し、田三九パーセント、畑六一パーセントに変化している。「墅截」によると、村柄・田畑はともに「中」、水掛りは「悪」。鬮持制実施期の百姓数六一人のうち本百姓六〇人、庄屋一人に分れている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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