古くは〈うわのうみ〉と呼ばれた。愛媛県西部,豊後水道に面する海域。海域には北から大島,嘉島,戸島,日振島,御五神(おいつかみ)島,竹ヶ島などが浮かぶ。海岸線は沈降性のリアス海岸で,北の八幡浜港と中央部の宇和島港をはじめ各地に天然の良港が発達している。10世紀ころには海賊の出現が顕著で,そのピークをなす藤原純友の乱は日振島を根拠地としていた。また,宇和海は古来イワシ網漁業の盛んなところとして知られ,江戸中期には西国第一のイワシ漁場であった。イワシ網漁業は明治以降イワシ刺網,きんちゃく網,揚繰(あぐり)網と近代化されたが,1950年代後半に急速に衰退し,真珠とハマチの養殖漁業がこれに代わった。沿海漁村は〈耕して天に至る〉段畑耕作で知られ,200~300mの高度に及ぶ石積み縞模様の耕地はかつて宇和海の風物詩であった。段畑にはサツマイモと麦の栽培がみられたが,60年ごろからミカン園化が進んだ。強風地帯のため現在は耕作放棄段畑が多い。風光明美な宇和海は日本の代表的な海の公園となっている。北部は65年佐田岬半島宇和海県立自然公園,南部は72年足摺宇和海国立公園に指定され,また南宇和郡西海町(現,愛南町)鹿島海域は1970年日本最初の海中公園に指定された。
執筆者:門田 恭一郎
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…10世紀ころには海賊の出現が顕著で,そのピークをなす藤原純友の乱は日振島を根拠地としていた。また,宇和海は古来イワシ網漁業の盛んなところとして知られ,江戸中期には西国第一のイワシ漁場であった。イワシ網漁業は明治以降イワシ刺網,きんちゃく網,揚繰(あぐり)網と近代化されたが,1950年代後半に急速に衰退し,真珠とハマチの養殖漁業がこれに代わった。…
※「宇和海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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