西安田村(読み)にしやすだむら

日本歴史地名大系 「西安田村」の解説

西安田村
にしやすだむら

[現在地名]中町西安田

森本(もりもと)村の東、杉原(すぎはら)川中流域北岸に位置する。中世には安田庄に含まれ、安田郷とよばれた。対岸は下曾我井(しもそがい)村、北に山を負う。慶長期(一五九六―一六一五)と推定される西安田村検地帳写(西安田区有文書)によると名請人五〇人、うち一七人は中安田村からの入作者と思われる。慶長国絵図には「西村」と記載される。正保郷帳では田方三五六石余・畑方四七石余、山役と新田があり、幕府領。安永六年(一七七七)大坂城代牧野貞長(常陸笠間藩)領(「牧野貞長村寄目録」笠間稲荷神社蔵)。旧高旧領取調帳では幕府領。元禄四年(一六九一)の新田畑三町三反余・分米四二石余(「新田畑改帳」西安田区有文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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