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西田直養 にしだ なおかい

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美術人名辞典の解説

西田直養

江戸後期・幕末の歌人。豊国生。姓は高橋、字は浩然、通称を庄三郎、号に篠舎等。本居大平の門に学び、和歌・漢詩・書画・音楽等多方面に趣味を有した。慶応元年(1865)歿、73才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

西田直養 にしだ-なおかい

1793-1865 江戸時代後期の武士。
寛政5年7月21日生まれ。豊前(ぶぜん)小倉藩(福岡県)藩士。勘定奉行,京都留守居役などを歴任。儒学を大田錦城(きんじょう)に,和歌を秋山光彪(こうひょう)にまなび,国学にも精通した。元治(げんじ)2年3月18日死去。73歳。本姓は高橋。字(あざな)は浩然。通称は庄三郎。号は筱舎(ささのや)。著作に「金石年表」「神璽(しんじ)考」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

西田直養

没年:慶応1.3.18(1865.4.13)
生年:寛政5.7.21(1793.8.27)
江戸後期の国学者。通称庄三郎,字浩然,号筱舎。豊前小倉藩(福岡県)藩士高橋元義の4男,文化5(1808)年,同藩士西田直享の養子となる。15,6歳のころから儒学を石川彦岳に学び,21歳で君側勤仕となり江戸出府の際,大田錦城に入門,また和歌を秋山光彪に学んだ。30歳のころから本格的に国学を学んだというが,漢学の素養もあって特に論語を愛読した。国学者との交遊は極めて広く,平田篤胤,屋代弘賢,塙保己一,伴信友,萩原広道らと相知り,また歌においては高い評価を得ていた。書画,雅楽,酒茶など多芸多趣味で,奇談新話を好んだという。藩士としては36歳のとき勘定奉行となり,元締役,町奉行,寺社奉行取計,近習番頭を歴任,支藩小倉新田藩篠崎侯の傅となり,京都大坂の留守居役を勤めた。藩の佐幕体制を嘆き,元治1(1864)年,長州藩が英米仏蘭の連合艦隊によって下関を攻撃されたとき,自藩が傍観していたことに憤激し,絶食をもって死に至った。維新後,東紫神社に祭られた。著作に『金石年表』『神璽考』『筱舎漫筆』などがある。<参考文献>『小倉市誌』下

(飯倉洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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