見ル目原(読み)みるめがはら

日本歴史地名大系 「見ル目原」の解説

見ル目原
みるめがはら

[現在地名]上山市阿弥陀地・関根

藤吾とうご阿弥陀地あみだちの東、細谷ほそや北方に沿い、関根せきね相生あいおい三上みかみの三関根西方に連なる約一二〇町余の原野。延享四年(一七四七)五月、打続く凶作米価騰貴し、上山地方には他領米も入らず、困窮した町人二日ふつか町の八幡はちまん河原に集まり、米安売の穀屋を立てるよう要求、一三日には三〇〇人が結集し、前年の山形での穀屋つぶしにならって悪徳商人への町方打毀を決行した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む