頭部または顔面を布帛(ふはく)で包んで、寒さを防ぎ、ほこりをよけ、あるいは人目を避けるために用いられる、被(かぶ)り物の一種。長方形の布を二つ折りにして、筒形、袖(そで)形にし、あるいは襠(まち)を入れ、また錣(しころ)をつけたりする。丸形のものは、周囲をつまんでひだをとり、これに錣をつけて用いる場合もある。錣をつけた場合は、左右の2枚を前から回して背後で結び合わせたり、あごの下で結び留めて、まったく覆面的な役割を果たす場合も多い。「頭巾」の語は、古代の服飾にも用いられているが、これは「ときん」と読み、中国服装文化の流入によってできた服制に用いられた幞頭(ぼくとう)とのつながりをもつもので、ここでいう頭巾(ずきん)とは関係ない。
頭巾は室町時代、僧侶(そうりょ)の被り物として発達を始めるが、その流行は江戸時代に入ってからのことである。江戸初期に多く用いられた男性のものには、丸頭巾、角(すみ)頭巾、苧屑(おくそ)頭巾がある。丸頭巾は後世になると、福の神の大黒天の像から大黒頭巾といわれるが、現存する最古のものは、徳川美術館(名古屋)にある徳川家康所用の縮緬(ちりめん)製の丸頭巾と思われる。角(すみ)頭巾は角(つの)頭巾ともいい、長方形の布を二つ折り矩形(くけい)にしたもので、左右の角(すみ)を折ると角(つの)となるところからそうよばれ、下僕などの下級の者が浅葱(あさぎ)や茶褐色に染めて用いた。長方形の後ろに、長く折り曲げたものが投(なげ)頭巾である。苧屑頭巾はその文字のように、麻を使ってつくられた頭巾である。
錣というのは、頭巾の後頭部に下げた、頭巾と同布の細長い布帛(ふはく)のことである。天和(てんな)、貞享(じょうきょう)(1681~88)ごろ僧侶の丸頭巾につけることがおこり、これがのちに角頭巾の前額部に下げて顔を覆うようになり、人形浄瑠璃(じょうるり)の人形遣いに用いられて竹田頭巾といった。寛延(かんえん)年間(1748~51)から、歌舞伎(かぶき)役者初世沢村宗十郎の名をとった宗十郎頭巾が、非常な勢いで流行した。また宝暦(ほうれき)(1751~64)のころ、大坂の女方役者初世中村富十郎が、大坂から江戸へ下るときに、寒さを防ぐために用いた紫縮緬でつくった頭巾は大明(だいみん)頭巾といわれて、当時の若い女性の間に大流行した。木こりなどがかぶった苧屑頭巾を、黒い布帛でつくったものが山岡頭巾で、武士や町人の外出や防寒用として用いられた。江戸では山岡頭巾が多く用いられたのに対して、上方(かみがた)では宗十郎頭巾が武士の被り物として流行した。
一方、丸頭巾は江戸末期になると、年寄りの被り物となり、その名称もゴマなどを焙(い)る焙烙(ほうろく)に似ているところから、焙烙頭巾といわれた。火事の多い江戸で、火消人足たちがかぶる紺木綿の刺子頭巾を猫頭巾といった。幕末になって刀や槍(やり)よりも西洋の鉄砲が重要視され、西洋式調練が盛んとなり、伊豆・韮山(にらやま)の代官江川太郎左衛門が農兵たちに用いた頭巾は韮山頭巾といわれた。また山岡頭巾の変形として船底頭巾ができた。猿頭巾というものもある。
女性が用いる目計(めばかり)頭巾は、黒豆が焙ってはぜたような形をした覆面で、これは奇特頭巾ともよばれた。江戸時代も中期になると、着物の袖(そで)形をした袖頭巾が盛んとなり、鈴木春信(はるのぶ)の浮世絵にはこの姿がよくみられる。明治になってから盛んに用いられたのは、薄紫縮緬仕立ての、日蓮上人(にちれんしょうにん)の名にあやかって名づけられた御高祖(おこそ)頭巾である。この系統のものは、農山漁村では「風呂敷(ふろしき)ぼっち」といわれて用いられた。
[遠藤 武]
英語のフードhood、ときにはコイフcoif、ベールveil、フランス語のボネbonnetなど、頭や顔を包む布製の被り物をいい、布帽子などともいう。古代エジプトの王はしばしば縞柄(しまがら)の布頭巾を、また古代ペルシアの貴族も巻き布形式のターバン状の頭巾を、また古代ギリシアの女性も袋状の布頭巾をかぶっている。中世ロマネスク期の男性はコイフという耳まで覆うぴったりした布帽子をかぶり、女性はウィンプルwimpleという一種のベールをかぶるのが一般であった。
ゴシック期になると、男性はシャプロンchaperonという羅紗(らしゃ)製の頭巾をかぶるようになる。髪形をこぢんまりと整えたルネサンス期の女性は、ダッチ・コイフという一種の詰め物を施した布帽子をかぶり、あるいはさまざまな形式のフードをかぶった。バロック期にはモスリンやタフタのフードがみられるが、例としては少ない。これに対し、優美さを好んだロココ期にはモブキャップmobcapという布帽子状の室内帽やボネbonnetが女性間に全盛を極めたほか、末期には巨大化したかつらを覆う幌(ほろ)形の頭巾、カラッシュcalashが流行した。ボネは19世紀に入ってからもさまざまな婦人帽に混じって用いられ、とくにクェーカー教徒や子供にかぶられた。しかし、20世紀に入るにつれてこの種の頭巾形の被り物は減少の一途をたどり、とりわけ第二次世界大戦以後の無帽主義の普及とともに、しだいにみられなくなってきている。
[石山 彰]
『遠藤武「近世姿態冊子」(『被服文化』18号所収・1952・文化出版局)』▽『喜田川守貞著『類聚近世風俗志』(1934・更生閣)』
被り物(かぶりもの)の一種。おもに布を用いて袋形につくり,あるいは平面の布を折り畳み,頭や顔をおおい包む。頭部を寒暑,風雨,土ぼこり,あるいは外部から受ける傷害を防ぐために用いるが,古くは人目を避けるためにも使った。歴史的にみると,帽子が女子用を中心としてきたのに対し,頭巾は男子用の被り物として工夫されてきたものであった。頭巾が広く流行したのは江戸時代で,武士,僧侶,町人,芸人などが用い,さまざまな形が見られた。《嬉遊笑覧》《守貞漫稿》《江戸職人尽歌合》などに見られる頭巾の種類は30余に及び,名称,形ともに個性的なものが多い。これを大別すると,丸形,角形,袖形,ふろしき形がある。丸形は丸頭巾といわれ,円形の布をひだをとって袋状とし,頭の大きさに合わせてへりをとる。この丸い袋を大きくしたものが焙烙(ほうらく)頭巾で,三河万歳師が今も用いている。秋田県由利本荘市の旧鳥海町では同形のものを大黒舞のときにかぶった。幼児には小型のものを大黒頭巾といって最近までかぶせたという。なお丸頭巾の左右,後方にたれさげて首筋を保護する錣(しころ)とよぶ布をつけたものを錣頭巾,熊坂頭巾とよんだ。また丸頭巾の前面に覆面布をつけた覆面頭巾,気儘(きまま)頭巾,猫頭巾などもある。角形の頭巾はほぼ四角形の袋形で,そのままでも用いるが,後ろに錣布をたらした宗十郎頭巾というのもある。袖形の頭巾は細長い片袖形で頭から背中をおおっている。古くは苧(お)も用いたため苧屑(おくそ)頭巾といった。織田信長がこれを用いていたが,鷹匠も使ったという。このほか,江戸時代の武士がもっぱらかぶった山岡頭巾というものがある。これは同形の頭巾の後ろに大きな襠(まち)を入れてかぶりやすくし,顔側の左右に取り付けたひもを結んで着用した。
ふろしき形は,四角または長方形の平面の布を用い,巧みに頭と顔部をすっぽり包む形であり,御高祖(おこそ)頭巾,ふろしきぼっちなどといい,もっぱら女性が用いた。秋田県ではフロシキボッチとよび,第2次世界大戦後もしばらく,冬季の防寒,防雪に,またおしゃれのために多くの女性が愛用した。頭巾の素材は多くは表が黒や紫のちりめん,裏に紅絹(もみ)をつけていたが,浅葱(あさぎ)木綿でつくったものもあった。農村の女性は表に紫,えび茶などのモスリンを用い,裏は赤の新モスを用いた。なお,秋田県の旧鳥海町では農村女性が今なお三徳(さんとく)頭巾というものをかぶっている。形は袖形で筒状をし,後ろ側に三角形の襠が入り,顔側にも覆面状の布がつけられている。頭からすっぽりかぶり目だけを出している。明治の初めにすでにあったという。冬季は黒か紺木綿,夏は白木綿でつくる。また同県羽後町の西馬音内(にしもない)には古くから伝わる盆踊があるが,今なお踊り手のかぶる彦三(ひこさ)頭巾というものがある。黒木綿で細長い筒状につくり,両目の所だけ開けたもので気儘頭巾にやや似ている。なお,第2次世界大戦中に着用された防空頭巾は,山岡頭巾とよく似た形をしており,綿を厚く入れて用いた。
→被り物
執筆者:日浅 治枝子
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… 鎌倉・室町時代にはこの修験道の山伏たちは,吉野,熊野,白山,羽黒,彦山(英彦山)などの諸山に依拠し,法衣,教義,儀礼をととのえていった。歌舞伎の《勧進帳》などで広く知られる鈴懸(すずかけ)を着,結袈裟(ゆいげさ)を掛け,頭に斑蓋や兜巾(ときん)(頭巾),腰に螺(かい)の緒と引敷,足に脚絆を着けて八つ目のわらじをはき,笈(おい)と肩箱を背負い,腕にいらたか念珠をわがね,手に金剛杖と錫杖(しやくじよう)を持って法螺(ほら)貝を吹くという山伏の服装は,このころからはじまった(図)。またこうした法衣は教義の上では,鈴懸や結袈裟は金剛界と胎蔵界,兜巾(頭巾)は大日如来,いらたか念珠・法螺貝・錫杖・引敷・脚絆は修験者の成仏過程,斑蓋・笈・肩箱・螺の緒は修験者の仏としての再生というように,山伏が大日如来や金胎の曼荼羅(両界曼荼羅)と同じ性質をもち,成仏しうることを示すと説明されている。…
…被り物は身分や役割のはっきりしている社会,また文化の爛熟期に発達している。
【日本】
冠,帽子,頭巾,笠,手ぬぐいなどの種類があり,材料としては絹,麻,木綿,ラシャ,紗,紙,藺(い),菅(すげ)などが用いられている。時代,身分,地域により独自の形態や用途がみられる。…
※「頭巾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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