覚雲法親王(読み)かくうんほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「覚雲法親王」の解説

覚雲法親王 かくうんほうしんのう

1272-1323 鎌倉時代,亀山天皇皇子
文永9年生まれ。弘安(こうあん)7年天台宗梶井門室(三千院)にはいって出家。翌年親王となる。澄覚(ちょうかく)法親王について灌頂(かんじょう)をうけ,嘉元(かげん)3年天台座主に任じられる。文保元年再任。法号菩提院元亨(げんこう)3年10月18日死去。52歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む