観世身愛(読み)かんぜ ただちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「観世身愛」の解説

観世身愛 かんぜ-ただちか

1566-1627* 織豊-江戸時代前期の能役者シテ方。
永禄(えいろく)9年生まれ。観世元尚の長男。父の死後に宗家9代をつぎ,祖父元忠にまなぶ。徳川家康後援をうけて駿府(すんぷ)(静岡市)から京都に進出,四座一流の筆頭地位をきずく。「元和卯月(げんなうづき)本」の校閲監修にあたり,観世流謡本の基礎を確立した。寛永3年12月9日死去。61歳。初名は照氏,のち忠親。通称与三郎,左近。号は暮閑。法名は黒雪。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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