谷好村(読み)たによしむら

日本歴史地名大系 「谷好村」の解説

谷好村
たによしむら

明治一二年(一八七九)三谷(みつや)村・三好(みよし)村が合併して成立した村。同三三年まで存続。明治一三年の戸数一四五・人口七九八。主要産業は漁業で同年の鰊一一三石五斗・鰯四〇石(上磯町誌)。同一六年の鰊漁獲二二〇石余・金額約二九七円(「管内鰊漁調査表」上磯町史年史編)。同一七年九月「水産濫獲粗製ノ弊ヲ予防シ将来殖産改良ノ方法ヲ設」ける目的で上磯・谷好・富川三ヶ村漁業組合申合規則(道立文書館蔵)を作る。同年七重(ななえ)勧業試験場(現七飯町)の奨励による外国産白小麦種が豊作となった(「函館新聞」同年九月二四日)。明治一二年から同二二年まで尾見雄三が毎年田五反歩・畑一町を開墾した(「農事特志者履歴書」上磯町蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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