日本歴史地名大系 「豊島家住宅」の解説 豊島家住宅としまけじゆうたく 愛媛県:松山市重信川北岸地域(旧久米郡・下浮穴郡地区)井門村豊島家住宅[現在地名]松山市井門町井門(いど)町の南部にあり、その南方に重信(しげのぶ)川が流れている。重要文化財。「先祖由緒并勤役録」によると、豊島氏はもと河野氏の家臣であったが、近世に入って帰農し、万治三年(一六六〇)現在地に居住し、藩の軍用馬預を命ぜられた。第二代が改庄屋を経て、大庄屋役を勤務し、その後代々大庄屋ないし大庄屋格に遇せられた。敷地は東西・南北ともに三〇間、面積九〇〇坪あり、周囲に門・土塀・付属舎・堀などがめぐらされている。最も重要な建物は、ほぼ中央の南向きの主屋であって、東半分は土間、西半分は居間となっている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by
デジタル大辞泉プラス 「豊島家住宅」の解説 豊島家住宅 愛媛県松山市にある住宅。豊島家は大庄屋格の豪農。1758年に建てられた主屋など7棟が国の重要文化財に指定されている。 出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報 Sponserd by