豊島洞斎(読み)としま とうさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「豊島洞斎」の解説

豊島洞斎 としま-とうさい

1824-1906 江戸後期-明治時代の漢学者
文政7年生まれ。加賀金沢藩士。藩校明倫堂,江戸の麹渓書院にまなび,明倫堂の助教となる。文久3年尊王論をとなえて幽閉される。維新後,上京して斯文(しぶん)学会教師となった。明治39年7月2日死去。83歳。名は毅。字(あざな)は静修通称は安三郎。著作に「皇朝通覧」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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