財良寺跡(読み)ざいりようじあと

日本歴史地名大系 「財良寺跡」の解説

財良寺跡
ざいりようじあと

[現在地名]上野市才良 宮ノ本

古くより華厳けごん寺跡ともいわれ、元旦の早天に黄金鶏が露出した大石上で鳴くという伝えがある。東に吉田谷よしだだにに通ずる道があり、その丘陵西裾の微高地に、古瓦などが出土して当寺との関連が考えられる才良ざいりよう遺跡がある。

東大寺要録」に「伊賀国 財良寺 右天武天皇御願」とあり、天武・持統天皇に関係する伊賀国四郡四ヵ寺の伊賀郡の寺である。「中右記」長承四年(一一三五)二月四日条によれば、「東大寺末寺財良寺」の帰属をめぐり、東大寺と興福寺が争っている。弘安七年(一二八四)一〇月の伊賀国財良寺領坪付注進状案(京大図書館蔵東大寺法華堂文書)穴太あなほ分三町四反三〇歩の寺領を記すが、翌年八月の東大寺領封戸顛倒注進状(東大寺文書)によれば、顛倒末寺として記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む