貫原村(読み)ぬきはるむら

日本歴史地名大系 「貫原村」の解説

貫原村
ぬきはるむら

[現在地名]大野町安藤あんどう 貫原

安藤村北東柴北しばきた川最上流部にあり、御座ござヶ岳(七九六・六メートル)の南東方に位置する。正保郷帳に村名がみえ、田高三〇石余・畑高一〇石余、土師はじ郷に属し、柴山有と注記される。


貫原村
ぬきはるむら

[現在地名]清和村貫原

東は小峯おみね村、西は上河井野かみがわいの(現矢部町)に接し、北に大矢おおや川が流れる。文明四年(一四七二)八月二八日の阿蘇山本堂造営棟別料足日記写(阿蘇家文書)に「ぬくはる」とあり、家数一二が記される。近世は阿蘇郡菅尾手永に属し、「国誌」は「貫平村」として高三七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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