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賀来惟熊 かく これたけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀来惟熊 かく-これたけ

1796-1880 江戸後期-明治時代の殖産家,鋳砲家。
寛政8年9月28日豊前(ぶぜん)宇佐郡(大分県)の庄屋の家に生まれる。植林の重要性を説き,自費で造林や水利事業をすすめる。また海防に関心をはらい,帆足万里に鋳砲術をまなんで島原藩主の命で反射炉をきずき,大砲を鋳造した。明治13年2月25日死去。85歳。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

賀来惟熊

没年:明治13.2.25(1880)
生年:寛政8.9.28(1796.10.28)
幕末明治期の社会事業家,造兵家。孫十郎,孫市,六太夫と称した。島原藩の飛び地豊前宇佐郡佐田村(大分県安心院町)の大庄屋の家に生まれ,日出藩の帆足万里に就いて学んだ。文政の初めになると植林の必要を感じ,自費を投じて造林や水利事業を推進し,地域の殖産に尽力した。また海防が切実な国家問題になるや,大砲の鋳造を領主から委託され,安政2(1855)年には,佐賀反射炉に範をとって同村宮の台に反射炉を築き鋳砲作業に入った。完成した大砲は6ポンド砲,12ポンド砲,18ポンド砲の計10門にすぎなかったとはいえ,事実上は賀来家の財力と技術力による民間事業であったことは驚きである。

(所荘吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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