贄田村(読み)ねたむら

日本歴史地名大系 「贄田村」の解説

贄田村
ねたむら

[現在地名]宇治田原町大字贄田ねだ

ごうくち村の東、田原川南岸に位置する村で、郷ノ口から田原川の南にある糠塚ぬかづか平岡ひらおか大道寺だいどうじの各村に至る道の両側集落が集まる小村。北は川を挟んで荒木あらき村に対する。

元和九年(一六二三)に禁裏新御料となった田原郷一五ヵ村の一で、享保一四年(一七二九)山城国高八郡村名帳には、村高六三・八三六石、うち二〇石が山廻高とある。元禄一二年(一六九九)の戸数一四。明治六年(一八七三)の人口は五九(岩本区有文書)

明治七年糠塚・平岡・大道寺・贄田の四ヵ村が合併して立川たちかわ村となったため、「京都府地誌」は立川村として記載。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む