赤坂新町三丁目(読み)あかさかしんまちさんちようめ

日本歴史地名大系 「赤坂新町三丁目」の解説

赤坂新町三丁目
あかさかしんまちさんちようめ

[現在地名]港区赤坂三丁目・同五丁目

赤坂新町二丁目の南に連なる区画(両側町、中に横町あり)と、さらに南と西に離れた二ヵ所の飛地(いずれも片側町)の区画に分れている町屋。おもな区画では東が赤坂田(あかさかた)町三丁目・同四丁目、西が安芸広島藩松平(浅野)家中屋敷、赤坂一ッ木(あかさかひとつぎ)町飛地、赤坂浄土寺(あかさかじようどじ)門前、萩原検校邸、南が大番組勝麟太郎邸・普請役萩原友市邸。南の飛地の四周は東が道を隔てて幕臣邸、南が道を隔てて赤坂一ッ木町飛地、西が赤坂新町四丁目、北が幕臣邸。西の飛地の四周は東が常玄(じようげん)寺、赤坂一ッ木町飛地、西が願性(がんしよう)院、南が浅野家中屋敷、北が赤坂黒鍬(くろくわ)谷続き賄組屋敷。

文政町方書上によると、起立などは同二丁目に同じで同町と寄合町。おもな区画の部分は、横町道幅三間を除き東から北へ長さ田舎間五三間余、北から西へ同五一間余、西から南へ同三八間余、南から東へ同二五間余、一千八四六坪余。南の飛地部分は東から南へ表・裏幅とも田舎間三〇間、南から西、東から北の奥行ともに五間、一五〇坪。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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