赤子田村(読み)あこだむら

日本歴史地名大系 「赤子田村」の解説

赤子田村
あこだむら

[現在地名]鳥取市赤子田・西円通寺(にしえんつうじ)

長谷(はせ)村の南、千代川左岸に位置する。南は八上(やかみ)郡布袋(ほてい)村(現河原町)で郡境にあたる。開拓は浜本喜右衛門という郷士によるとされ、浜本(はまもと)屋敷の跡が残る。その後八上郡稲常(いなつね)城(現河原町)城主西尾伯耆守の子孫が分家して来住したと伝える(因幡志)。天正八年(一五八〇)一〇月の吉川元春の裏判がある田公高次所領目録写(岩国徴古館蔵)に惣領又三郎領として「あこ田」一八石があり、慶長一〇年(一六〇五)の気多郡高草郡郷帳にも「あこた」とみえる。

拝領高は五〇四石余。天和二年(一六八二)五月日の年貢免状(西尾家文書)によると生高五四六石余で、開高四石余が蔵入となっているほかは臼井氏・安倍氏・米村氏の給所。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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