…その2年後,慶長の役の捕虜姜沆(きようこう)(朝鮮の朱子学者)と出会い,姜沆から学問的影響を受け,やがて還俗して儒者になった。99年大名赤松広通と姜沆の援助を得て,初めて宋儒の説に従って四書五経に訓点を施したが,広通の死により和訓本は出版されなかった。晩年は京都北郊の市原山荘に隠棲したが,儒者としての志を失うことはなかった。…
※「赤松広通」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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