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赤松法印 あかまつほういん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

赤松法印 あかまつほういん

?-? 織豊-江戸時代前期の軍書読み。
慶長-元和(げんな)(1596-1624)ごろの人。徳川家康や諸大名にまねかれて「源平盛衰記」や「太平記」などの軍書を講じた。「太平記読み」とよばれ,講釈師の祖とされる。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

あかまつほういん【赤松法印】

江戸初期の軍書読み。生没年不詳。慶長のころ徳川家康や諸侯の前で《太平記》などの軍談を講じたと伝えられ,講談の祖といわれる。赤松一族の石野氏置のことが《寛政系譜》に〈家康御伽(おとぎ)衆二千五百石〉とあるので,氏置をもって赤松法印と推測することができるが,不明。赤松を名のる講釈師が江戸時代に頻出したことから,赤松家の子孫が〈太平記読み〉となって先祖の偉業を称揚したことが想像される。【関山 和夫】

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世界大百科事典内の赤松法印の言及

【太平記読み】より

…また1668年(寛文8)に出た原友軒の《太平記綱目》も《理尽鈔》系の《太平記》の読み方を教えている。《続々武家閑談》には〈赤松法印といへる者慶長の頃家康の前に出て度度(たびたび)太平記,源平盛衰記等を進講す,世人之(これ)を呼んで太平記読みと謂(い)へり〉とあり,曲亭馬琴の《燕石雑志》にも〈太平記読み〉の記事が見える。赤松法印は伝記不明の僧であるが,講釈(講談)の歴史の先端につねに名の出る著名人物で,仏教と講釈の深いかかわりを示している。…

※「赤松法印」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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