赤穴八幡宮(読み)あかなはちまんぐう

日本歴史地名大系 「赤穴八幡宮」の解説

赤穴八幡宮
あかなはちまんぐう

[現在地名]赤来町上赤名

神戸かんど川西岸、字八幡原はちまんばらに所在する。祭神別雷神・玉依姫命など一〇柱。旧郷社。社伝によれば、宝亀元年(七七〇)以来当地松尾まつお神社があったという。保元三年(一一五八)一二月三日の官宣旨(石清水文書)に赤穴別宮がみえるが、従来の松尾神社に当地に勧請された山城石清水いわしみず八幡宮の末社が合体する形で赤穴別宮が生れたと考えられる。その時期は同じ出雲国内の平浜ひらはま別宮(現松江市)の初見が天永二年(一一一一)であることから、院政期初めであろう。赤穴別宮で神事を執り行ったのは紀氏で、石清水八幡宮側から派遣されたと推定されるが、一方では下司として赤穴庄の管理にも当たっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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