辺土村(読み)くるべきむら

日本歴史地名大系 「辺土村」の解説

辺土村
くるべきむら

[現在地名]打田町久留壁(くるべき)

打田村の北西に位置する小村。集落は村域の東に集まる。中世は田中(たなか)庄に含まれた。田中組に属し、元禄二年(一六八九)の田中組指出帳(田中家文書)は辺土村として田方一九六・五九二石(一一町八反余)、畠方七・一〇七石(六反余)、家数二六、人数一五五、馬一、牛九と記す。延享元年(一七四四)の田中組大指出帳写(桂原家文書)では家数三〇で内訳は本役二三・無役四・庄屋一・肝煎一・あるき一、岩出(いわで)(現岩出町)・麻生津(おうづ)(現那賀町)・竹房(たけふさ)の渡船代として米四升、麦三斗を出すとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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