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近衛基平 このえ もとひら

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近衛基平 このえ-もとひら

1246-1268 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
寛元4年生まれ。近衛兼経(かねつね)の子。母は九条道家の娘。右大臣をへて,文永2年20歳で左大臣となり,4年関白,氏長者。従一位。痢病にかかり,文永5年11月19日死去。23歳。号は深心院,西谷。日記に「深心院関白記」がある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

近衛基平

没年:文永5.11.19(1268.12.24)
生年:寛元4(1246)
鎌倉時代の公卿。号は深心院殿,西谷。摂政・関白兼経と九条道家の娘仁子の子。正嘉2(1258)年,上位の大納言9人を越えて13歳で内大臣となる。その後右大臣,左大臣,関白となる。23歳で死去。日記『深心院関白記』がある。

(吉田早苗)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の近衛基平の言及

【深心院関白記】より

…近衛基平(1246‐68)の記した日記。基平は歌人としても知られた鎌倉時代中期の公家。…

※「近衛基平」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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