深心院関白記(読み)しんじんいんかんぱくき

改訂新版 世界大百科事典 「深心院関白記」の意味・わかりやすい解説

深心院関白記 (しんじんいんかんぱくき)

近衛基平(1246-68)の記した日記。基平は歌人としても知られた鎌倉時代中期の公家。13歳で内大臣となり,1267年(文永4)22歳で関白となったが翌年急逝した。記事は55年(建長7)から68年(文永5)にわたるが,この間に元の国書がもたらされるという事件があり,それに対する朝廷反応をよく伝えている。《深心院基平公記》等の異称もある。陽明文庫には一部自筆本が現存する。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「深心院関白記」の意味・わかりやすい解説

深心院関白記
じんしんいんかんぱくき

『深心院基平公記』ともいう。鎌倉時代,関白近衛基平の日記。自筆の部分を含めて,建長7 (1255) ~文永5 (68) 年の記事が断続的に伝えられている。なかでも文永5年の蒙古牒状に対する朝議についての記事は貴重である。

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